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「『かける想い』1年目の残留争い」~エスパルスの思い出~ VOL.2 vsヴィッセル神戸 2005.11.23

 

 

「かける想い」1年目は苦しかったシーズン。

健太監督1年目は残留争いに巻き込まれ… @日本平

 

 

「かける想い」1年目のシーズン、長谷川健太監督への期待に胸を踊らせた開幕だったが、気づけば31節終了時時点、残り3試合の段階で15位。16位柏との勝ち点差は4。当時、J116位はJ23位とホーム&アウェイの入れ替え戦であった。31節はホームに神戸を迎えての試合だった。レイソルが負け、清水が勝てばその時点で残留確定。

この日は祝日だったため、自分も日本平2階自由席で夢中になって声を出し続けたのを覚えています。

 

当時の清水は4-4-2、中盤の底にテルと枝村、この試合は右ウイングに久保山、左に兵働。ツートップにマルキーニョス、ジェジンという布陣で臨んだ。

試合は、すでに降格が決まっている神戸に、予想以上に苦しむ。前半は引いて守る神戸に対し、清水は連戦の疲れもあるのか(この日の試合は水曜・祝日)決定機を作れず。

さすがに後半こそ清水ペースとなり、特に中盤の枝村、DF青山らが決定機をを作るも、結局試合はそのままロスタイムへ。

そのラストワンプレーのFKから、澤登のシュートのこぼれ球にマルキーニョスが反応、そのまま押し込んでゴール。同時に試合終了。前節アウェイ柏戦、チェテウクの劇的ゴールから3日後、またも劇的勝利となった。

同時進行していたレイソルが引き分けたため、この時点でレイソルとの勝ち点差は残り2試合で6。得失点差も考えて、ほとんど残留が決定した。

 

2005年は本当に苦しみました。この後32節で、ホーム鹿島に引き分けたため、無事残留決定となるのですが、33節までもつれ込むのは、選手もサポーターみな苦しかったと思います。シーズン全体で見ると、やはり前年加入したチョジェジンの活躍、8月のマルキーニョスの加入が大きかったですね。マルキーニョスは清水に加入した時点でヴェルディ、ジェフで活躍していましたが、その後も鹿島、マリノス、神戸とJリーグを渡り歩き、現在でもJリーグ外国籍選手最多得点記録を保持しています。